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塩野七生『ローマ人の物語 迷走する帝国』
去年もこのシリーズの新刊読んでた時に「首相やめちゃう」宣言を聞いたような気がします。しかもなんか、物語と状況似てるトコないわけでもなく、このままいくと3年後には、日本は新興宗教にでも乗っ取られるのかもしれません(笑)マクロスフロンティアとは全く別の方向で、最近の才谷を夢中にしてくれました。ホント、この人の本は、面白くないはずがないと安心して読めます。
…面白い、というのは、自分の内にある、自分を客観視しようとするもう一人の自分の感想であり、本を読んでいる方の自分の感想は面白い、ではない。これほどに悲しい思いを経験したことがあろうか、ってカンジであります。一字一句読む毎にジワジワと涙が溜まります。時折声を上げて泣きもします。読むのがツラい。それでも読まざるを得ない。
それは、不治の病に侵された子供を持つ親の心境だと才谷は思う。子供いないから想像でしかないけど。余命宣告されて、痛み止めしかされない子供、そういう現実から逃げたいけども、ちゃんと見届けてあげないと、という気持ち。子供はまた元気になれると信じて治療を受けるのです、それが痛み止め程度でしかないとも知らず。私はそんな子供を前にして、元気だった頃のことを語りたい。
ギリシア人の美術はすごかったねぇ。ハンニバル君がやってきた時は怖かったけど、みんなで力を合わせたから勝てたんだよ。キケロ君の手紙には笑ったねぇ、全く、内容はぎゃーぎゃーうるさいのに、結局品があるんだから変な人だったよ。凱旋式は何度見ても綺麗だったね。またやりたいね。
それからコッソリ神に祈る。この場合、神というのは勿論神君カエサルとアウグストゥス。もう居ない人たちなのに、助けて、と祈らずにはいられない。蛮族をどかっと蹴散らして、防衛線もガッツリ確立して、いくつもの問題をひとつの行動でバーンと解決して、元老院でラブレター書いたりするような笑いをカエサルに、アクグストゥスにはその静かなる強かさと流されない偽善を。著者がこれまでに何度も言及してくれていたのに、ここでやっと理解出来たローマ人精神。お母さんバカでわかってなくてゴメンね、アンタすごい子だったんだよ。
涙を流すような場面はないのです。出ては消える皇帝が目の前の問題に必死に対処するだけなんです。でも確かに、徐々に蝕まれていくのを肌で感じるんです。あまりに悲しいので会社ではブログ書けません。昼休み泣きながらタイピングしてるOLは流石にイタいでしょうから。
初っ端から「ハァ?」と思ったのがカラカラ。住人全てにローマ人市民権プレゼント。バカかああ!と毒舌黒魔道士様調に叫びたくなる(元気かな?)。政治全くわからん才谷でも、こんな政策を目の前でカラカラに自慢げに喋られたら黙っちゃいませんよ。現代でも平等な参政権に疑問ありますもん、況や古代をや!やーめーろー!そんなんしたらローマ人の質が落ちるじゃないかー!などと脳内でぎゃーぎゃー反対していると著者がザックリ「ブランドは死んだ」。突然の余命宣告のようでした。
それが信じられない才谷に、実感させてくれたのはアウレニアヌス。カエサルが不要とブッ壊したローマの城壁を復活させたのです。必要な政策ではあったと書かれてます。それで蛮族から守られるのだから。でも、そんな生命維持装置をつけてる姿が嘆かわしい。壁は国境にあるもので、その内側は開かれたのがローマですよ。ギリシアローマの雰囲気も手伝って、春の日差しのような明るさから一転、城壁だけでもう既に中世入りしたかのような暗澹とした気分。終わるんだ、と城壁の地図を見た時に泣きました。地図で泣けるんですよ、この本!
病原体のように忌み嫌ったのがキリスト教。非常に感情的に読んでいたので、現代で迫害してやろうかと思ったくらい(憲法違反ですし大人気ないのでやめましょう)。未だ帝国を脅かす勢力ではないとはいえ、現実主義で現実を守るために頑張ってるローマ人に対し、非協力的なのにイライラムカムカ。ジーザス君殺したのを恨むな!死後じゃなくて、楽しい今のために協力してよ!
冷静に、才谷はキリスト教嫌いじゃないんです。入信はしませんよ、こんな黒い性格で黒さ認めていきたいてスタンスなので合うわけないじゃないですか。でも、キリスト教から生まれる芸術には魅せられずにはいられない。JSバッハの昇りつめるカンジ、ラファエロの天使、その他イロイロ、そういうものに触れるたびにキリスト教があってよかったと思います。まぁ「そういうヤツらは芸術せずにはいられないからキリスト教でなくても名作作ってたはず」と言われると素人としては反論出来ませんけどね。
今後帝国内で勢力を増していくキリスト教。自分自身の感想がどう変化するのか、才谷はそれが楽しみであります。滅びるローマとともにキリスト教を呪うのか、同化していくキリスト教とローマに愛着を持てるのか。きっとこれからも泣きながら悲しみながら楽しむことでしょう。
…面白い、というのは、自分の内にある、自分を客観視しようとするもう一人の自分の感想であり、本を読んでいる方の自分の感想は面白い、ではない。これほどに悲しい思いを経験したことがあろうか、ってカンジであります。一字一句読む毎にジワジワと涙が溜まります。時折声を上げて泣きもします。読むのがツラい。それでも読まざるを得ない。
それは、不治の病に侵された子供を持つ親の心境だと才谷は思う。子供いないから想像でしかないけど。余命宣告されて、痛み止めしかされない子供、そういう現実から逃げたいけども、ちゃんと見届けてあげないと、という気持ち。子供はまた元気になれると信じて治療を受けるのです、それが痛み止め程度でしかないとも知らず。私はそんな子供を前にして、元気だった頃のことを語りたい。
ギリシア人の美術はすごかったねぇ。ハンニバル君がやってきた時は怖かったけど、みんなで力を合わせたから勝てたんだよ。キケロ君の手紙には笑ったねぇ、全く、内容はぎゃーぎゃーうるさいのに、結局品があるんだから変な人だったよ。凱旋式は何度見ても綺麗だったね。またやりたいね。
それからコッソリ神に祈る。この場合、神というのは勿論神君カエサルとアウグストゥス。もう居ない人たちなのに、助けて、と祈らずにはいられない。蛮族をどかっと蹴散らして、防衛線もガッツリ確立して、いくつもの問題をひとつの行動でバーンと解決して、元老院でラブレター書いたりするような笑いをカエサルに、アクグストゥスにはその静かなる強かさと流されない偽善を。著者がこれまでに何度も言及してくれていたのに、ここでやっと理解出来たローマ人精神。お母さんバカでわかってなくてゴメンね、アンタすごい子だったんだよ。
涙を流すような場面はないのです。出ては消える皇帝が目の前の問題に必死に対処するだけなんです。でも確かに、徐々に蝕まれていくのを肌で感じるんです。あまりに悲しいので会社ではブログ書けません。昼休み泣きながらタイピングしてるOLは流石にイタいでしょうから。
初っ端から「ハァ?」と思ったのがカラカラ。住人全てにローマ人市民権プレゼント。バカかああ!と毒舌黒魔道士様調に叫びたくなる(元気かな?)。政治全くわからん才谷でも、こんな政策を目の前でカラカラに自慢げに喋られたら黙っちゃいませんよ。現代でも平等な参政権に疑問ありますもん、況や古代をや!やーめーろー!そんなんしたらローマ人の質が落ちるじゃないかー!などと脳内でぎゃーぎゃー反対していると著者がザックリ「ブランドは死んだ」。突然の余命宣告のようでした。
それが信じられない才谷に、実感させてくれたのはアウレニアヌス。カエサルが不要とブッ壊したローマの城壁を復活させたのです。必要な政策ではあったと書かれてます。それで蛮族から守られるのだから。でも、そんな生命維持装置をつけてる姿が嘆かわしい。壁は国境にあるもので、その内側は開かれたのがローマですよ。ギリシアローマの雰囲気も手伝って、春の日差しのような明るさから一転、城壁だけでもう既に中世入りしたかのような暗澹とした気分。終わるんだ、と城壁の地図を見た時に泣きました。地図で泣けるんですよ、この本!
病原体のように忌み嫌ったのがキリスト教。非常に感情的に読んでいたので、現代で迫害してやろうかと思ったくらい(憲法違反ですし大人気ないのでやめましょう)。未だ帝国を脅かす勢力ではないとはいえ、現実主義で現実を守るために頑張ってるローマ人に対し、非協力的なのにイライラムカムカ。ジーザス君殺したのを恨むな!死後じゃなくて、楽しい今のために協力してよ!
冷静に、才谷はキリスト教嫌いじゃないんです。入信はしませんよ、こんな黒い性格で黒さ認めていきたいてスタンスなので合うわけないじゃないですか。でも、キリスト教から生まれる芸術には魅せられずにはいられない。JSバッハの昇りつめるカンジ、ラファエロの天使、その他イロイロ、そういうものに触れるたびにキリスト教があってよかったと思います。まぁ「そういうヤツらは芸術せずにはいられないからキリスト教でなくても名作作ってたはず」と言われると素人としては反論出来ませんけどね。
今後帝国内で勢力を増していくキリスト教。自分自身の感想がどう変化するのか、才谷はそれが楽しみであります。滅びるローマとともにキリスト教を呪うのか、同化していくキリスト教とローマに愛着を持てるのか。きっとこれからも泣きながら悲しみながら楽しむことでしょう。
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